『ばけばけ』第21週で、ヘブンに80円の原稿料が入ります。
物語の中でヘブンは、郵便為替でその原稿料を受け取りました。
この80円という金額は、当時どれほどの価値があったのでしょうか。
明治時代の80円は、現在の価値にするといくらになるのか。
そして、外国郵便為替とはどのような仕組みだったのか。
気になった方も多いはずです。
この記事では、
- 明治25年頃の80円の価値
- 当時の外国郵便為替の仕組み
この2つをわかりやすく解説します。
ばけばけ80円の今の価値はいくら?

『ばけばけ』の80円は、現在の価値で約160万〜240万円ほどと考えられます。
今回は、明治25年前後の賃金を基準に80円の価値を換算しました。
現代の感覚では、80円は少ない金額に見えます。
しかし明治時代の80円は、簡単に用意できる額ではありません。
当時の生活に大きな影響を与えるほどの大金でした。
ただし、当時と現在では物価や生活水準が大きく異なります。
そのため、正確な現在価値を断定することはできません。
それでも80円が、当時としては非常に高額だったことは間違いありません。
賃金から考える80円の価値
賃金を基準にすると、80円は現在の約160万〜240万円ほどの価値と考えられます。
『ばけばけ』第21週の時代設定は、1892年(明治25年)ごろです。
当時の月給と現在の初任給を比較すると、次のようになります。
| 職業 | 明治時代の月給 | 現在の初任給 |
|---|---|---|
| 巡査 | 約9円 | 約21万円 |
| 小学校教諭 | 約8円 | 約21万円 |
| 銀行員 | 約18円 | 約30万円 |
この基準で考えると、
当時の1円は、現在の約2万〜3万円ほどに相当します。
そこから計算すると、
80円は、約160万〜240万円になります。
80円は、当時の数か月分の給料にあたる金額でした。
現在の感覚でいえば、100万円以上の大金だった可能性があります。
80円を物価で見るとどれくらい?
80円は、明治時代では大量の食料を買えるほどの大金でした。
当時の物価で見ると、その価値がよりはっきりします。
明治時代の価格をもとに、80円で購入できる量をまとめました。
- あんぱん1個(1銭):8000個
- 食パン1斤(5銭):1600斤
- 牛乳1本(3銭):2666本
- たまご1個(2銭):4000個
- 白米1升(8.9銭):約898升
80円あれば、多くの食料を大量に購入できました。
物価の面から見ても、80円が当時としては高額だったことが分かります。
ヘブンの給料から見る80円の価値
80円の原稿料は、ヘブンにとって決して小さな金額ではありませんでした。
『ばけばけ』で、ヘブンは学校から月200円の給料を受け取っていたとされます。
史実でも、モデルの小泉八雲さんは約200円の給与を受け取っていました。
200円は、現在の価値でおよそ500万円以上に相当します。
ちなみに、当時の公務員の初任給は約50円でした。
つまりヘブンは、公務員の約4倍の給料を受け取っていたことになります。
そのうえで受け取った80円の原稿料は、給料とは別の収入です。
80円もまた、当時としては非常に大きな金額だったことが分かります。
明治時代の外国郵便為替を解説

外国郵便為替とは、海外に安全にお金を送るための仕組みです。
現金をそのまま郵送するのではなく、郵便局が発行する為替証書を使って送金しました。
受け取る側は、その証書を現地の郵便局へ持参し、現金を受け取ります。
現金を郵送しないため、盗難や紛失の危険を防ぐことができました。
明治時代には、安全な海外送金の方法として重要な役割を果たしていました。
いつから始まった?
外国郵便為替は、1880年(明治13年)1月に横浜郵便局で取り扱いが始まりました。
最初に送金できたのは、香港のみでした。
その後、イギリス・フランス・アメリカなどと条約を結び、送金できる国が拡大します。
明治時代は銀行が少なく、海外送金は簡単ではありませんでした。
現金をそのまま海外へ送ると、盗難や紛失の危険があります。
そのため、安全にお金を送る方法として外国郵便為替が利用されました。
ヨーロッパでは1870年ごろから制度が始まり、1874年には万国郵便連合が設立されます。
国際的な郵便制度が整い、日本でも外国郵便為替が導入されました。
当初は横浜郵便局のみでしたが、利用の拡大とともに全国へ広がります。
輸出や海外移民からの送金を背景に、外国郵便為替は国際交流を支える制度となりました。
外国郵便為替の仕組み
明治時代の外国郵便為替は、次の流れで行われていました。
- 日本の郵便局でお金を支払う
- 郵便局が為替証書を発行
- その証書を海外へ送る
- 受け取った人が現地郵便局で現金を受け取る
この方法により、現金を直接送らずに海外へお金を届けることができました。
遠く離れた国へも、安全に送金できる仕組みでした。
送金方法は国によって異なり、主に3つの方式が使われていました。
- 案内式:日本の郵便局が、受取人に直接証書を渡すやり方
- 目録式:郵便局同士が、送金リストを送り合うやり方
- カード式:郵便局が証書を直接相手国へ送るやり方
中でもカード式は、現在の銀行振込に近い国際標準の仕組みでした。
確実で便利な方法として、世界各国に広がっていきました。
Q&A
まとめ
『ばけばけ』の80円は、現在の価値で約160万〜240万円ほどと考えられます。
明治時代の80円は、生活を大きく左右するほどの大金でした。
当時の給料や物価と比べると、その重みがよく分かります。
ヘブンの月給は約200円と高給でしたが、80円の原稿料も大きな収入でした。
また、外国郵便為替は海外へ安全にお金を送るための制度でした。
銀行が少ない明治時代において、重要な送金手段として利用されていました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
【関連記事】






コメント